ひるあみ

ざるに盛られた小エビがピンピンと跳ねているのが印象的でした。さかなやの店先です。ざるの横には《ひるあみ》と書かれた札がさしてありました。《ひるあみ》というのは昼網と書くんだと思いますが、昼ごろ入荷した漁獲で、獲れてからすぐ店頭に並ぶよう小売店が直接魚市場で買い付けてくるものもあるようです。新鮮なものなら買いたくなる人も多いかもしれません。
でも私が商店街に寄ったのは《ひるあみ》を買うためではなくて、干しだこが欲しかったからです。
その日は転職後に結婚した広一君ちにおよばれだったので林檎をお土産に持っていったのですが、酒飲みが5~6人ということでしたので、商店街を見物がてら肴になりそうなものを買っていこうと思っていました。
商店街には乾物屋が何軒もありましたし行商に来ているおばさんが何人かいましたので、干しだこは容易に手に入りました。

乾物屋で干しだこを買ってから明石城のみえるスタバで時間をつぶそうと思い、信号待ちしていると、「これ、広一のところに持ってってもらえませんか?」と唐突に声をかけられました。声のしたほうを見ると、小エビの入った買い物袋を提げた武井君が立っていました。
「塩茹でにしたらうまいと思って買ったんですけど、急用ができたんでちょっと行けなくなったんですよ。広一には電話しました」
私は彼が国から委託を受けた風洞実験施設で働いていることを知っていたので、会社からの呼び出しかと勝手に思い、じゃあ仕方がないねと言いながら買い物袋を受け取りました。

「違いますよ、どうせキャバ嬢からの呼び出しですよ」と広一君が言いました。
「あいつよくうちに寄るんですけど、飯食っててもメールとかでやり取りしてんですよ。やめとけよって言ったんですけどね。キャバ嬢にとってはいいカモですよ」

「そういえば」とボランティア仲間では古株の萩原さんが言い出しました。
「経済産業省の役人が業者から金もらってとっ捕まったって話あったやん。そいつも最初はキャバだかクラブにはまってたらしいだけど、武井も狙われてんじゃないのかな?」
「まさか。武井なんて民間人だし第一ペーペーですよ。知ってる内容なんかたかがしれてますよ」と広一君が言いました。
「でも砂霧村なんかの情報の収集のやりかたを考えあわせてみると、使える情報かどうかはあとで判断するって感じなんだよね。とにかく、新鮮な情報を集められるだけ集めるってスタイルらしいよ」
「へえ、もしそうならキャバ嬢が漁師で、武井は《ひるあみ》ってところですか」
「そうだな。あいつなら新鮮そうだし、情報は使えなくても種男として使えそうだもんな。俺も種だけなら貸すんだけどな」
「またそういうことを言う。どうみても萩原さんは新鮮じゃないでしょ」と広一君の嫁さんが笑いながら言いました。

※写真は魚の棚商店街にて。

ひるあみの写真を撮れなかったのが残念です。お話はフィクションです。